2025-12

2008年

#20【2008年】惜別の念はゼロ、でも誘いは断らない。同僚たちと囲んだ『普通に楽しい』最後の晩餐

そしていよいよ退職となるわけだが、ありがたいことに同僚が個別でそれぞれご飯に誘ってくれ、自分も喜んで行っていた。だいぶ能...
2008年

#19【2008年】寂しさゼロの引き継ぎ期間。昔から『薄情だ』と言われてきた私が、最後に見せた潔さ

退職の意向を伝えてから1か月間ぐらい引き継ぎを行うために、後任者と一緒に担当企業へ挨拶回りをしたが、この時も特に負の感情...
2007年

#18【2007年】面談開始、即『辞めます』。20代の私が手に入れた、最高にすがすがしい決別の日

そうこうしているうちに年も明け、面談の時を迎えた。もう会社を辞めることは決めていたので、面談が始まるやいなや、なんの躊躇...
2007年

#17【2007年】不況の足音と、肩叩きの面談。次も決めずに『辞めます』と言い切った20代の私

さて、2社目もうだつが上がらないまま4年目を迎えたわけだが、失われた30年の不況の影響が社内にも蔓延し、営業成績の振るわ...
2006年

#16【2006年】仕事で気力はゼロ。パソコンを持ち腐れしながら、ただ一人で時間を溶かしていたあの頃

そんなこんなで、2社目の社会人生活でもパッとせず、無駄に時間だけが過ぎて行ったように思う。 ※20代の頃にはその若さの特...
2006年

#15【2006年】なぜ私はヘラヘラ笑っていたのか?今になって気づいた、無意識の自己犠牲と母親との記憶

当時の心理状況としては、ずっと自己肯定感が低いままで、へらへらしてわざと自分のことを落とすようなところがあり、自ら粗雑に...
2005年

#14【2005年】近くにいるけど、一緒には住まない。私が一人暮らしを選んだ『免罪符』と小さな罪悪感

そうこうしているうちに、あっと言う間に職階も下がったのだが、変なプライドもなかったため、のらりくらりとしていたものだった...
2005年

#13【2005年】1社目がブラックすぎると、2社目は天国に見える。成績不振でも『ヘラヘラ』笑えた理由

さて、人生で2社目の転職者生活がスタートしたわけだが、なにせ1社目が超ブラック企業のブラック営業職だったため、同じ人材系...
2004年

#12【2004年】内勤がダメなら営業一択!20代の私が『凝りもせず』選んだ安易でタフな道

ちなみに、辞めるに当たり転職活動はしていた。内勤の方が合わないのだと痛感していたため、消去法的に、凝りもせず営業職で探し...
2004年

#11【2004年】3年耐えたのに、8ヶ月で辞めた理由。あんなに大事にしていた『内定』を手放した日

というわけで、地元へ戻って来たわけだが、今まで営業職で外回りを主としていたため、内勤職(営業事務職)が全く性分に合わず、...